ほかの臓器の移植をうける患者さんにも、大きな影響が及ぶからだ。
心臓と肺、心臓と肝臓という隣接した臓器を別々のチームか取り出す場合は、チーム間で問題が起こることもある。
心臓と肺では左心房を、心臓と肝臓では下大静脈を、それぞれどこで切り離すかについて、それぞれのチームが納得した上ですすめなければならない。
どのチームにとっても、切り取った組織が少なければ、あとの移植手術に支障が出るからだ。
一人のドナーをめぐって偶然一緒に手術台につくことになった各チームが、たがいを信頼しあって、よどみなく摘出手術をおこなうには、大変な努力と忍耐がいる。
とくに、ほかの臓器の状態も左右する心臓チームの外科医は、即席チームのリーダーとして、ことをすすめていかなければならない。
私かBに行ったころ、M.S先生はすでにそうした煩雑なドナー臓器の取り出しにまつわるほかのチームとの交渉をてきぱきとこなし、独立した。
“ドナー・サージャン”として、この分野をまかされていた。
落ちついて挨拶をする間もなく、初日の九月三〇日から、心移植のドナー臓器の摘出にでかける夜が三日つづいた。
ヨーロッパへの外遊をふくめ、五ヵ月のブランクのあと、いざ臨床に戻ってみると、想像以上に大きな障害が待ちかまえていた。
これまで何力所かの移植センターを見学し、アメリカの病院のシステムはそれなりに理解しているつもりだったが、「お客さん」として外から見るのと、「チームの言貝」として実際に診療にかかわるのとは、天と地との開きがある。
手術中にしろ、回診中にしろ、ICUで患者の容体が急変して看護婦から電話で指示を求められた場合にしろ、医学上の判断の誤りは当然のこと、コミュニケーションの上での誤りも絶対に許されない。
それはそのまま人の生死に直結してしまうのだ。
予想どおり、家族が日本からやって来るまでの二ヵ月間は、自分の“未熟さ”を思い知らされるきびしい時期となった。
つかわれている薬の名前、手術につかう器具の名前など、日本とまったく呼び方が異なっているものもあり、それを覚えるだけで大変だ。
そうした困難な時期に、陰にひなたに助けてくれたのがM.S先生だ。
結局、M.S先生と一緒に仕事をしたのは、六ヵ月間というわずかな期間だったが、自分自身、アメリカで心臓外科医としてやってゆく上で、いちばん苦しい時期を共にすごしてくれた、かけがえのない友人だ。
B大学、心臓外科の朝は、六時三〇分、ICUの回診で幕を開ける。
ICUを管理する救急部のスタッフおよびフェロー、心臓外科のフェローが集まり、ベッドサイドにあるコンピュータに示された患者のバイタルサイン(患者の血圧、心拍数、呼吸数など、その時の血行状態、全身状態を端的に示す指標のこと)、水分の出納、検査値を見ながら、一日の治療方針を決定する。
日本では、研修医が治療方針を決めるなどまず考えられないが、アメリカではレジデント自身が、スタッフに相談しなければならないことと、自らの判断で決定してよいこととを瞬時に見きわめ、対応できることが要求される。
何から何までスタッフに相談していたら、「こいつは外科医として無能だ」という熔印を押されてしまうし、肝心なことを相談せずに、勝手に決定してすすめると、「こいつには安心して任せられない」ということになる。
手術がない日は、ICUの回診の後、病床の回診に移る。
ほかの施設と異なり、B大学では、移植患者であれば、移植された心臓の問題だけでなく、心臓外科と直接関係のないさまざまな問題をかかえる患者が一つの病棟に入院している。
したがって感染症、腎機能障害など、本来、内科で対処すべき問題をかかえた患者も診ることになるが、これは、心臓および肺移植後の患者が、どのような合併症の危険にさらされているか、その全体像を把握するのには、絶好の条件だ。
心臓移植というのは、他人の臓器を自分の体のなかに受け入れ、それが十分機能しなければならないという前提の上に成り立っている。
本来、あらゆる動物には、自分と異なる物質か体のなかに入ってきた場合、それを排除しようとする、いわゆる「免疫機能」が備わっている。
移植された心臓か、患者の体に「拒絶」されずに機能するには、「免疫機能」をある程度抑制する必要がある。
一方、「免疫抑制」が過ぎると、異物の侵入に対する抵抗力が弱まり、細菌やウイルスなどに感染しやすくなる。
すなわち移植後の患者の治療は、「免疫抑制」と「感染予防」という相反する治療を、いかにバランスよくおこなうかにかかっているのだ。
Bで、移植医としてのトレーニングをはじめてまず驚いたのは、今まで日本では見たこともない、ニューモシスチスーカリニや、サイトメガロウイルス、レジオネラなど、本来、感染力の弱い病原体による感染が多いということだった。
普通ではあまりみかけない「感染症」を、いかに早い段階で見つけ、適切に治療するか。
これが、移植後の成績を左右することになるが、これはそもそも外科医の手に負える問題ではない。
B大学でも、P.Wという感染症の専門家がつきっきりで、移植患者を診て、適切な治療方針を立てていた。
十分な量の免疫抑制剤をつかわないと、せっかく移植した心臓が体から拒絶される。
拒絶反応をいかに早く発見し、適切な治療をおこなうかは、感染症対策とともに、移植後の患者の予後を大きく左右する。
前にも述べたが、「拒絶反応」の診断には、移植された心臓や肺の組織の一部を採ってきて、それを顕微鏡で見る「バイオプシー」による診断が、現在でも最も確実な方法として用いられている。
心臓移植の場合は、手術後に心臓カテーテル検査と同じ要領で、心室中隔の心筋組織の一部を、肺移植の場合は、気管支ファイバーを用いて、末梢の肺組織の一部を採って調べるわけだ。
この病理検査の結果が「拒絶反応」の診断のいちばん大きなよりどころとなっているわけだから、病理医の診断能力が大きくものを言うことになる。
ピッツパーク大学には、前に述べたS大学のB教授の弟子である、S.Y教授という優秀な移植病理医かおり、彼が「軽度」の拒絶反応と診断するか、「中等度」の拒絶反応と診断するかにより、その後の治療方針が大きく変更されることもあった。
移植後の冶療の難しいところは、「拒絶反応」と「感染」という合併症の一方が問題になる場合だけでなく、両方が同時に存在する場合、あるいは、いろいろ調べても、どちらが重要なのかわからない場合があることだ。
こうした難しい症例では、循環器内科医、呼吸器内科医、移植前および移植後のコーディネーター、ICUのスタッフ、そして移植外科医がチームでおこなう午後の回診でさまざまな議論をへて、洽療方針を決めることになる。
また、毎週火曜日の夕方には、病理医もふくめて、現在、入院あるいは外来通院しているすべての患者さんの治療方針を確認するカンフ″レンズが開かれる。
最終的にどういう治療方針でいくかを決定するのは、プログラムコレクターであるK教授だが、こうしたカンファレンスや回診では、それぞれの専門家が平等に発言する機会を与えられ、自分の専門とする立場から、いかに患者の生活の質(QOL)を高めることができるか、熱心な討論がつづく。
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